おりろぐ

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夏の甲子園を20代野球未経験者が見て思うこと


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今週のお題「#平成最後の夏」

 

 

今年の夏の甲子園は大会百回目ということで色々と話題になってましたので

今日は、野球未経験の20代の社会人(おり)が考えてることをはなします。

 

 

 

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おりは正直、甲子園という制度については諸手を挙げて賛同できないし、素直に応援できないなって思ってます。

 

その理由は以下によります。

 

 

 ・そもそもこんな暑い中野外でやるのはおかしい

 

まず一つ目はこれ、今年は例年にも増して異常な暑さだったのもありますけど

日中35度を超えるような炎天下の中で何試合も戦うってなかなかハードですよね。

普通に体壊したりしないのかおりは心配になるし

将来性のある若者がプロに入ったときに体を壊す原因の遠因になってないかな、って心配してます。

 

だからおりは涼しいドーム球場で試合をしたほうが選手のコンディションを考えたら100%に近い実力が出るんじゃないの?なんて思ってしまいます。

 

それから、選手はもちろん観客も倒れないか心配です。

 炎天下の中応援する高校生や保護者たち

このめちゃめちゃ暑い夏に何時間も直射日光に当たって、体調を崩さないのかなって思ってしまいます。

 

いくら座っているだけとはいえ数時間炎天下の中にいるのはそれだけで相当しんどいんじゃないんでしょうか。

 

勿論、「甲子園」というブランドを考えたら、そんな簡単に開催地を変えるわけにもいかないということも理解していますが

それでも、年々夏の暑さが厳しくなっているこの時期に何試合も時間を空けずに野球をするのは健康上悪影響があるんじゃないのでしょうか

 

・ピッチャーの負担がでかすぎる

 

二つ目に思うのがこれです。

これは野球というスポーツの特徴によるものですけど、選手の中でもピッチャーの負担が極端にでかすぎます。

 

準優勝を果たした金足農業のピッチャーも今大会で881球を投げたということで大きな話題になりました。

 

news.nifty.com

 

 

プロの世界でも中6日や中5日が一般的である中、まだ体のできていない高校生が短期間にこれだけの球数を投げ込むのは選手生命を縮める行為にしか思えません。

 

実際、甲子園での酷使が原因で故障し、それによってプロの世界での活躍が妨げられてしまった選手はたくさんいます。

 

それでも、高校生たちにはそのことを伝えてもまだピンとくる子はそんなにいないでしょう。

 

本来なら、大人が球数制限等を設けて高校球児の体を思いやり、守ってあげるべきなんでしょう、それでも弱小校が勝つための戦略として、一人のエースに頼ったり

高校野球的には一人のエースが投げ切るという構図が盛り上がるので、盛り上がりを大人が優先するなどしていてまだまだ具体的な規制は出てきていません。

 

 

個人的にはこのような選手の酷使に大人が喜んでいるように見えてしまうところも高校野球を冷めた目で見てしまう一因のように思います。

 

 

・一人の天才の献身性(酷使)を美化しやすい風潮

 

これは先ほどのトピックとも関連していますが

野球という競技は一人の絶対的エース(特にピッチャー)がいれば、その人の個人技である程度勝てる競技です。

 

その側面は個人的にはサッカーなどほかのスポーツと比べてもより強いと思ってます。

 

実際、決勝まで進出した金足農業が勝ち上がれた最大の要因は、絶対的なエースがいたからでしょう。

 

今年の決勝は一人の天才(吉田投手)VS世代別の日本代表がゴロゴロいるようなリソースが大きなチーム(大阪桐蔭)という意味でも注目をあつめました。

 

勿論、この決勝戦をみて金足農業を応援したくなる気持ちはわかります。

 

おりも若干判官贔屓なところがあるのでどちらかというと金足農業を応援したくなりました。

 

でも、現実問題勝つ確率が圧倒的に高いのは、高いタレント性とたくさんの練習を積み重ねてきた大阪桐蔭のほうです。

 

当たり前すぎるぐらい、それが当たり前で

 

もしこれで金足農業が勝とうものなら

ひとりの天才の献身性があれば、大きなリソースをもってる敵でも倒せるというある種精神論的で幻想のような考えをもてはやす大人が出てきていたかもしれません。

 

そういう意味では、大阪桐蔭が順当に優勝できたのは結果的にはよかったのかとおもいます。

 

一人の天才に大きな負担を強いれば、大きな敵を倒せるんだなんて考えが正当化されるのは、私的には嫌だったので。

 

以上が、おりがどうして甲子園を見ても素直に応援できないのかの理由です。

 

 

それから最後にもう一つ

 

 

高校野球は教育が目的とか、全力プレーでたくさんの感動を与えてくれるとか言われてる人もおられますけど

十代の若者を炎天下のなか、体を壊すほど酷使させたことによって得られる教育とか感動って一体それは何なんだろっておもってます。

 

どこか、大人のエゴがそこに含まれているような気がして、少し気持ち悪く思ってしまうのです。

 

 

それでも、高校生ならまだその風潮を疑問に思えるほど世界が広がっているの子なんて一部だろうし

 

普通に周りにいる大人が甲子園で頑張る自分たちを見て喜ぶ姿を見れば、純粋無垢に頑張ろうって思ってしまうのでしょうね。

 

なので高校生のほうからこの伝統を変えようなんて話は多分出てこないだろうし

 

大人達が動かないのなら、つまり多分選手に死人が出るぐらいのことがなければ

この夏の風物詩が現代の価値観に沿ったものに変わることはないんだろうなっておもってます。

 

 

それでは