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【閲覧注意】【浪人時代~大学編入前編】今更ながらおり(折原)のプロフィールをかいてみたよ!【おいたち】part2


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この記事は前回の続きで

このブログの主、おりの生い立ちについて語っていきます。

 

今回は割と暗くてネガティブな話が続くので閲覧注意かもしれないです。 

 

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前回はこちらから

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浪人時代(後半)

そんなこんなで都会での予備校暮らしも経済的理由でなくなく終わり

地元に帰ってきたおり。

その後も浪人生らしく、ストレスをためつつも毎日勉強をつづけました。

 

成績もそこそこをキープしつつという感じでした。

そんな中で、試験が近づくにつれて

浪人生としてもう後がないというプレッシャーに試験の直前期から苦しみ始めました。

 

これで失敗したらこの一年が徒労で何の意味もなくなってしまうとか

同級生は今頃大学生になって楽しく毎日楽しく過ごしているのに俺はなにしてんだとか

浪人ていうのは社会人の期間を一年短くすることであり、それは結局退職期間を短くすることなのだからトータル1000万くらいの損失だ、とか

 

そんなことを考えて、すごい落ち込んでたしプレッシャーを感じていました。

 

また親は、もともと私が浪人することにあまり賛成的でもないし、協力的でもありませんでした。

 

そのため親も割と批判的で、私にたいして優しい言葉をかけることもあまりなく

 

お金を出してやってんだぞとか、なんで現役で勉強頑張って大学入らなかったんだとか

そんなことをずっと言われました。

 

正直、今でも親に言われた心無いことはずっと覚えてるし許せないし

当時もかなり色々とずけずけ言われてすごい腹も立ってましたし

 

そして結局メンタルの弱いおりはそんな色んなプレッシャーを跳ね返すことができませんでした。

 

センター試験ではそこそこのいい点を出せたものの、二次試験ではいい結果を残すことができず、残念ながら志望校には合格できませんでした。

 

これに関しては、ものすごい悔しいですけどおりの実力不足です。 

おりは結局結果がすべてだと思っているので、合格できなきゃ何の意味もないんだろうなって思ってます。

だから少々のプレッシャーで本番に普段の力が出せなくても受かるぐらいに能力を高められなかった自分が悪いんだと思ってます。

 

環境のせいにしても仕方ないし、おりよりも悪い環境から合格できた人もいただろうし

 

ってなわけでおりは結局後期試験で合格した滑り止めの学校に進学しました。

 

大学時代(前半戦)

おりが進学した学校は、地元に輪をかけて田舎の学校でした。

学生の数もあまり多くない街だったからか、価値観のあう友達もほとんどできず寂しい思いをずっとしてました。

バスケサークルにも一瞬所属しましたが、狭いコミュニティで宅飲みでウェイ!みたいなノリがおりには無理で、結局やめてしまいました。

 

大学もそんなに忙しくなかったのですることがなくて、一人暮らしで寂しくてで本当につらい日々でした。 

 

そんななかでも思い出すのは結局大学入試で落ちた悔しさでした。

 

二浪になってもいいからやっぱり行きたいところへ行きたい

この環境で4年間を過ごすのはしんどすぎる。

都会にいってみたい。

 

そんな考えで頭がいっぱいになりました。

どうせ大学生になってすることもないのだし友達もいないし、勉強頑張ろうかなって入学して数か月たってまたそんな気持ちになりました。

 

ということで性懲りもなくもう一度勉強を頑張ることにしました。

 

ただ田舎なので近くに予備校もないし、そもそもお金もないので、予備校になんか経済的に通えません 。

 

 

だからバイトで稼いだ金でZ会に入って、通信で添削を受けていました。

さすがに人より一年以上勉強した甲斐があって、結果は基本的にA判定だったし、

ちょくちょく予備校に行って受けた模試も基本的にA判定でした。

 

これで、二浪にはなるけどやった行きたいところへ行けるかななんて思ってました。

 

でもやっぱりここでもプレッシャーというか自意識とメンタルの弱さが自分の邪魔をしました。

 

落ちたらどうしよう。

もうこんな大学いたくない。早く離れたい。

こんな努力で都会のハイレベルな予備校で勉強してる高校生に勝てるか。

入ったところで結局大学で楽しく過ごしてる高校の頃の友達に追いつけるわけでもない。

 

とかそんなことを生産性もないしやめればいいのにまたぐるぐると考えてしまっていました。

 

当然親も応援なんてしません。

むしろ、「自分が以前に志望して選んだ大学に入れてるじゃないか、なのに何が不満なんだ」みたいな意味の分からないことを言い出す始末でした。

 

自分のことを理解して協力してもらうことができない以上やっぱり自分でどうにかするしかありません。

 

バイト(レストランやファミレスの厨房とかホールで働いてました)でお金を稼ぎつつ、試験を受けるためのお金を貯めました。

 

 

そして迎えた試験当日。

 

やっぱり残念ながら本番ではテンパってなかなかいい答案をかけず試験には合格できませんでした

試験中でも自分がテンパって頭が回っていないな、っていうのは何となく感じていたので、自分でも手ごたえがないのが分かりました。

 

このころになると、やっぱりとか、またかぐらいな感じに気持ち的に諦めてしまっていました

 

 

どうせ俺が努力して頑張ったって報われるわけなし、そもそも本番だとメンタル弱いからどうせ普段通りの点なんて出ないしみたいな感じです。

 

あと、このころはだいぶネガティブなぼっちになっていたので、エモやスクリーモというジャンルのバンドにドはまりしてました。

 

Bring Me The HorizonやSleeping with Siren、それからOf machinesなんかにドはまりしてたのもこのころです。

 

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(↑この辺のバンドが大好きな人とはぜひとも仲良くなりたいです)

 

暗くて抒情的なジャンルでエモーショナルなスクリーモにはこのころ何度も救われました。

 

それから、今は絶滅しましたがエモボーイというジャンルがあります。

 

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 イメージ(美化しすぎた感はある

 

どうせ友達もいないし、ほかの人と仲良くしたいなんて思えなかったのでバイトも辞めて

おりはこんな感じで耳にピアス開けて髪を伸ばして、誰も知らないようなバンドのシャツやパーカーと黒スキニー、スニーカーで大学を徘徊してました。(分かる人にはわかると思いますけど、DropDeadの服とか着てました)

 

https://www.dropdead.co/collections/new-in

 

ただの陰キャですね、本当にありがとうございました。

 

 

 

そんな感じでエモ・スクリーモと一人でバスケットゴールのある公園でバスケをすることぐらいしか趣味のないこじらせボッチのまま大学2年生になりました。

 

自分でいってもだいぶ悲惨です。

part3へ続きます・・・

 

 

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