おりろぐ

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なぜ田舎のほうが新しい人に拒絶的になってしまうのか考えた


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お題「どうしても言いたい!」

 

おりは東京に住んだことがないです。

 

おりの今の職場はどちらかといえば都会とも田舎ともいえないどっちつかずな感のあるところにあるし

 

大学の頃は今よりはそれなりに大都市に住んでいましたが

それでも、東京に比べたらそうでもないんだろうと思いながら大学に通ってました。

 

で、そんな地方都市にしか住んだことのないおりが、田舎は拒絶的なのかどうか考えてみたので話したいと思います。

 

まあ結論から言えば、田舎(地方都市レベルを含めて)は残念ながら割と拒絶的なんだろうなって思います。

 

拒絶的、というのは語弊のある言い方で

 

実際のところおりが一番問題だなって思うことは

田舎にいる人たちは自分たちが拒絶的であるということに気づいていないうちにそのような人を排斥してしまいがちということです。

 

要するに、自分が拒絶的であるということを意識せず

自然に自分の周りのルールと合わない人を拒絶してしまうことが田舎の大きな問題なんだろうと思います。

 

順を追って話します。

 

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田舎はなぜ拒絶的だといわれるのか

その理由は大きく3つあると思います

 

田舎のほうが人が少ないがゆえに世界が狭くなりがち

 

まず、田舎にはそんなにそもそも人がいません

 

なので、対人関係において一人一人が占めるウェイトが必然的に大きくなりがちです。

 

ですので、誰かが少しでも人と変わったことをすれば

それはおそらくたくさんの人がいる社会に比べればその”変わったこと”が与える影響は田舎のほうが大きくなりがちなのです。

 

つまり、田舎のほうがいい意味でも悪い意味でも注目を浴びやすいのかもしれません。

 

(そして大概の人間はいい噂よりも悪い噂の方が往々にして好むものであり悪い噂のほうが広まりがちです)

 

もっとも狭いコミュニティの中での話だけなので、実際の絶対値的にはそれほど大きな注目など浴びないのでしょうが

 

それでも、当事者にはその狭いコミュニティがすべてなので

局地的に大きな注目を浴びているように錯覚してしまうのです。

 

 

世界が狭いので、端っこにも簡単に行けがち(簡単に浮きがち)

 

 

先ほど言ったように世界が狭いから簡単に端へ行ってしまいうる(人と違う行動が意図していようがいまいが簡単にとれがち)

し、また端へ行ったしまった人のことも話題になりやすいのです。

 

多分、都会が多様性だといわれる理由の一つはその世界の広さにあるんだと思います。

広いから、ちょっとやそっとじゃ突出しないし、世界の懐が広いのでしょう。

だからこそ、少々人と違うことをしたところでそれは懐の大きな世界の中で、あくまでも一つの事象として飲み込まれてしまう。

 

たいして、田舎はその懐の小ささゆえに

簡単にその「世界」の常識を超えうり、その結果いろんな意味で目立ちやすくなってしまうのです。

 

 

突出して浮いてしまうことを避けようとした結果、自分自身も"拒絶感"の一員になってしまう

 

で、最後はこれです。

 

先ほど言ったように田舎はプレーヤーの少ない世界であるがゆえに少しの差異でも、大きな差異に錯覚してしまいがちです

 

だからこそみんな浮きたくない、という気持ちから今度は自分自身も浮かないようにそのコミュニティのなかで目立たない存在であろうとします。

 

それは裏を返せばコミュティの中で浮いた存在を自分自身も受け入れないということです

 

この作用を無意識化で行うようになった人、そういう人たちは自分自身が人に対して拒絶的だとは思いません。

 

それでも、結局そういう人は無意識的にそういういわゆる”浮いている人”を拒絶します。

 

つまり、意識しなくても新しい個性を拒絶するようになる人が生まれてしまうのです

 

結果として、田舎は新しい個性(人)に対して拒絶的だといわれてしまうのでしょう。

 

”自分が浮かないように振る舞う”という言い方をすれば悪いことのように思われがちですが

 

田舎のほうが都会より人にやさしい、ていうのも

ある意味この"浮かないように振る舞う"ていう作用の一種なんじゃないかなって個人的には思います。

 

要は自分は優しい人です、という風に振る舞うことで少しでも無意味に人から攻撃を受ける可能性を減らし

 

そして自分は所属するコミュニティにとって協力的である人間だということをアピールすることで

遠回しに、自分はコミュニティにとって浮いた存在ではないことを表したいのではないかと、ひそかに思っています。

 

(勿論、この考え方がすべてではないと思っているし、純粋な善意で人にやさしくできる人がいることも知ってはいます)

 

 

 

ただまあ、ここまで田舎のことをあんまりよくないように言ってしまいましたが

 

ここでしいて言うなら、人の目が気になりやすいのは田舎だといいますが

 

それは要は、個人の社会を構成するプレーヤーが田舎のほうが少ないからそうなるのであって

 

別に都会にいこうが社会が狭いのなら結局同じなんだろうな、とは思います。

 

都会でも社内の世界は結局狭くて、それに息苦しさを感じるなんて話はよくあることでしょうし

 

 

だから、別に田舎の人が拒絶的だ、というよりかは

田舎のほうが無意識のうちに人に対して拒絶的になってしまいやすいとうだけであって

 

それは「田舎」というシステムの問題であり、個々人のミクロ(個性)の問題なんじゃないんだろうって

 

地方都市在住者としてそんなことを考えつつ日々生活しています。

 

私自身割と浮きがちで人から拒絶されたりすることもありますし

昔はそれが嫌で浮かないように意識してしていた時期もありますが

 

"拒絶感"の原因が田舎というシステムによるものなのなら

 

目の前の個人に対してそれほど悪意を持つ必要もないんだろうなって今は思っています。

 

それでは